日々是勉強 (社会科学ブログ)を斬る!  マジキチ管理人ろろ、一体何をしたいのやらw 言ってる論理もメチャクチャ自己中心的。プライドだけは異様に高く何だかんだ言っても新左翼思考。国家観も無く歪んだ性格の持ち主。平和党の幹部だったはずがケンカ別れ、自然主義はどうなった?wお前は先を見る目が無さ過ぎ、学習塾の講師なのに学習能力が無い。こんな出来損ないに教わる子供たちは不憫。今回の青少年育成条例でも左翼思考全開。

2010.12.15(Wed)
自殺はなぜなくならないのか

お久しぶりです。

某所で日記として書いていたものですが、こちらでお見せするべきかなと思ったので投稿しておきます。

なお、今後も定期的な更新があるかどうかは未定ですので、RSSリーダでもお使いになって気長にお待ち下さい。


自殺者、今年も3万人超確実に 警察庁まとめ、11月末で2万9105人
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/101206/crm1012061709017-n1.htm

--------以下引用-------- 

警察庁は6日、11月の自殺者数(速報値)を公表した。前年同月比9・6%増の2765人で、1~11月の合計は2万9105人に上った。1カ月間の自殺者は2400~2900人台で推移しており、平成10年以降13年連続で年3万人超がほぼ確実になった。

 政府は昨年、自殺対策緊急戦略チームを発足。今年2月には相談態勢の充実などを盛り込んだ「いのちを守る自殺対策緊急プラン」を策定するなど、自殺防止策を強化し、今年上半期は前年同期比7・4%減の1万5906人と、下半期次第で3万人を下回る可能性も出ていた。

 しかし、7、8月は一転して前年同月を上回り、11月は今年最高の上昇率を記録。前年1~11月の3万357人を下回っているものの、3万人突破は避けられない情勢になっている。

 都道府県別では東京が2693人で最多。次いで大阪が1898人、神奈川が1682人となっている。

--------引用以上--------


>自殺防止策を強化

私は、優しくないので、「何もやらないよりはマシ」という評価すらしない。

こんなことはいくらやっても無駄である。それどころか、根本的な解決を先延ばしにしているだけと断ずる。

なぜなら、自殺は結果であり、それ自体をなくしたり是正したりできるものではないからである。

2009年の自殺者の原因(特定者のみ)のトップは、「経済的理由」である。そして、自殺者のうち約57%の職業は「無職」である。

おそらく、その他の要因も、経済的な理由で生活が行き詰まり、その結果として引き起こされたものが大半であると推測できる。

よく若年者が世をはかなんで自殺するというケースが大々的に報じられるが、そんなものはごくごく一部でしかない。

むしろ、ああいった報道はメディアが「自殺というのは、心に傷を負った人が一大決心をしてやるもの」という情報を拡散するために流しているもの、要するにプロパガンダなのではないかと思っている。

そして、ジャーナリストやら作家やらが「生きづらさ」などという言葉でお茶を濁し、なにやら文学的なストーリーを語り出してしまう。

くだらんお遊びは大概にしておけ、と言いたい。

阪神大震災ですら、6000人が亡くなったに過ぎない。それをはるかに上回る人間が死んでいる。労働力も税収も減っているし、何より残された家族に対する社会的影響(もちろんマイナス)も大きい。

自殺を、情緒的な問題に終わらせてはいけない。

では、一体どうすれば自殺が防げるか。

自殺の原因が経済的な理由だということは、煎じ詰めれば必要なカネが手に入らないからそうなってしまうのである。

だから、まず第一の対策は、必要なところにカネが行くようにすること、カネに困っている連中から収奪しないことである。

亀井静香(国民新党代表)が金融担当大臣だったとき、中小企業向け返済猶予(モラトリアム)を実行したことがあった。日経新聞などのメディアが大反対キャンペーンをやったが、それでもやりぬいた。去年の終わりの頃だった。

そうしたら、今年の自殺者は前年比で1300人近く減った。資金繰りに困って首をくくる中小企業の経営者がいなくなったのは間違いない。

自殺者の数が急増したのは、今年の下半期である。あの時期にあったのは参院選だ。菅直人が消費税増税を打ち出し、選挙に大敗して、国民に「民主党政権はだめだ」という絶望感を蔓延させた時期と重なっている。

言い換えれば、適切なマクロ経済政策(財政出動など、国単位で大きく考えた経済政策)を採れば、自殺者は減少する可能性は高い。

しかし、今の日本ではそういう方向を目指すと政権が持たない。鳩山政権が外部どころか、民主党という内部からも攻撃されて撃沈したことからも明らかだ。

代わりに成立した菅政権は、自民党も真っ青の緊縮財政を指向している。

詳しくは述べないが、政治を支配している人びと(財界や某外国など)は、日本にいつまでも不況でいてほしいのである。
だから、適切なマクロ経済政策が採られる見込みは、今後ほとんどない。

唯一可能性があるのは、亀井静香ら国民経済重視派を政権に据えるだけの見識があるリーダー、すなわち小沢一郎の復権である。しかし、大多数の国民は、小沢の名前を見ただけで反射的に嫌悪感を持つように「教育」されてしまっている。まるで、パブロフの犬のように。

だから、もうそういう方面にはあまり期待できないし、すべきではない。

では、一体どうすれば自殺者を減らせるのか。

というか、我々自身が自殺せずに済むのか。

それは、今ある経済の仕組みを個々人が越えていくことより他ない。

下品な言い方だが、今の世の中は、人間の値段がどんどん安くなっている。たとえば、昔に比べて高度な労働力を安い値段で買えるようになっている。派遣労働者の中には、高度成長の頃の正社員よりずっと能力が高い人が多数存在するが、それらを企業は低いコストで雇うことができるわけだ。

努力をすれば豊かになれるというが、その努力のレベルも並大抵のものではなくなっている。というより、たまたまそういう場所にいるかどうかで給料や待遇が大きく変わってくるという不公平な状況が生まれてくる。

だから、自分の商品価値を高めて幸せになろう、という方向に、あまり力を割かない方がよい。というか、そんなことを考えているから自殺してしまうのである。

これからは、お金のかからない生活に徐々にシフトしていくのが正しい。

地方に住んでいる人は是非とも始めてほしいのだが、自分の家の庭で野菜作りをやってみるのはどうだろう。農家の知り合いや親戚がいたら、畑や田んぼを丸ごと借りてみるのもいい。それで、とりあえず飢え死には防げる。

エネルギーもなんとかなる。私の友人である大学の先生が「石油の要らない車」の開発に成功しつつある。

えひめECO FESTIVAL参加!!
http://www.hitoeco.com/contents/%e9%80%b2%e8%a1%8c%e7%8a%b6%e6%b3%81/475.html

事前の面倒なプロセス抜きに植物廃油で走る車である。こういうものがどんどん広まれば、石油資本や東京電力にカネをむしり取られることはほとんどなくなる。

とっておきの秘策が「地域通貨」なのだが、その方面で最近痛い目に遭ったので声を大にしては言わない(笑)。

こういう生活のためには、今当たり前だと思っているものをいくつか捨てなければならなくなるかもしれない。あるいは、もう手に入れるのを諦めなければならないかもしれない。

しかし、そのうち本当に必要なモノがどれだけあるか考えてみたことはあるだろうか?

たとえば、塾に行かなければ高校入試や大学入試に合格しないわけではない。大学入試は楽になってきているし、
合格するための方法などただでいくらでも手に入る。

その結果として塾が成り立たなくなっても、そんなのはもうすぐやめる私にとってはどうでもいい(笑)。

また、持ち家に住まなければ死ぬわけでもない。需要が減っているから、ちゃんと家賃(これくらいは稼ごう)を払ってまともに暮らしている人を、大家も邪険にはしない。

服も、アクセサリも、高級な食べものも、回数を減らせばいいし、なければないでなんとかなる。

大事なのは、そういう生活をしている自分を惨めに思わないことである。

そうは言っても、ほとんどの人は、上記のような生活をすることを「貧乏」だとか「つまらない」ものだと思ってしまうに違いない。

だからこそ、先駆者が必要だと思っている。

これから我々が神奈川の片隅で進めているプロジェクトは、大企業や政府にひざまづかず(無視したいが今は難しい)、カネを単なる手段としてテキトーに扱い(敵視はしない)、それでも面白おかしく生活できるコミュニティ作りである。

今は体制作りの苦労が続いているが、そのうち団体としてまともな活動ができるようになるだろう。ゆくゆくは、東京のカネが回っているところに負けない知的能力、戦闘能力、生存能力のある集団を作り上げるつもりである。

「自殺するくらいなら、ここに来て一緒にやってみよう」と、呼びかけられるような場所をつくる。それが、私の答えである。

みんなにはどうか、その日までなんとしてでも絶望しないで生き抜いてほしい。

こんな下らん世の中のために自分が死ぬ必要はない。

http://roronotokoro.blog113.fc2.com/blog-entry-306.html
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続いて、もう一つの記事も読んでいただきたい。

「新しい戦前」の始まりか

「こち亀の両さん」普通の生活しか送れない? 漫画の性描写規制に漫画家や出版社大反対 http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=1219&f=business_1219_016.shtml

              --------以下引用--------
東京都が、性描写を規制する青少年健全育成条例改正案が可決した。漫画家や出版社など反対派は多く、経済面にも影響を与えそうだ。

  東京都議会総務委員会は13日、子どもの登場人物による露骨な性行為が描かれた漫画などの販売・レンタルを規制する青少年健全育成条例改正案を可決。都議会の民主、自民、公明の3会派が賛成した。改正案では「刑罰法規に触れる性交等」などを「不当に賛美・誇張」して描いたものを規制対象とし、書店に対して18歳未満への販売を禁止し、店頭での区分陳列を義務づける。

  これまで賛成派、反対派ともに活発な動きを見せていた。賛成派の都小学校PTA協議会ら5団体は12月3日、石原慎太郎都知事に要望書を提出。都小学校PTA協議会の新谷珠恵会長は「子どもたちが健やかに育てるように、社会作りにお力添えをいただきたい」と述べ、児童が性的対象になることが、野放しの状態となっている現状に、早急な改善を訴えた。

  一方、反対派としては、11月29日には漫画家のちばてつや氏、秋本治氏や出版社の幹部などが条例に反対する声明を発表。ちば氏は「この条例によりアニメや漫画を志す若者たちが萎縮するのではないか」「漫画やアニメーションの文化がしぼんでしまうことをすごく心配している」と語っていた。秋本氏は「自由度があるのが漫画の世界。それを規制すれば、『こち亀』の両さんは単なる普通の生活を送らざるを得ない」との意見を述べていた。

  12月3日には、改正案に反対する弁護士や日本ペンクラブ、大学教授らが、規制範囲が拡大しているとして会見を行った。規制の対象となる行為をキャラクターの年齢制限ではなく、「刑罰法規に触れる性行為」に変更したことで規制範囲が広がり明らかに表現規制だと主張している。

  12月10日には、角川書店のほか講談社、集英社、小学館など主要な漫画雑誌や単行本を発行する出版社でつくる「コミック10社会」も同改正案に抗議の意思を示すため、「東京国際アニメフェア」への出展辞退を表明した。このイベントは石原都知事が実行委員長を務め、2011年3月下旬に開催予定とされていたが、現時点では開催を危ぶむ声も上がっているという。

  インターネット上でもさまざまな声が上がっており、「漫画やアニメが害悪で、小説なら害悪じゃないと言いたいのか?」といった指摘や「もうこれはオタク文化だとかそういうレベルじゃない。この法案を通したら、他のものまで一気に失う」といった反対派の意見が多く見られた。

  賛成する声としては「理性が未熟な子どもが、過激な物に触れてはいけないとも思う。ゾーニングの徹底なら賛成」「漫画は好きだが、今の惨状を認めたら、せめてブース分けぐらいの努力は必要。海外で変態が日本文化として紹介されているのは異常」といった意見もある。

  一方で「日本の漫画やアニメ文化は、10兆円規模ともいわれており、今や日本経済を支える産業の一つとなっている。それを自ら縮小させようとするのだから滑稽だ」という経済への影響を懸念する声も見られる。

  東京都には、出版社や印刷会社が集中しており、漫画やアニメなどサブカルチャーの聖地ともいえる秋葉原もある。またビッグサイトでは、同人誌の即売会も開催されている。今回の規制は、市場の縮小傾向が続いている出版業界にとって、経済的な打撃も大きそうだ。

             --------引用以上--------


ところで、問題の条例を立案した東京都青少年・治安対策本部長の倉田潤さんというお方は、とんでもないお方らしい。

なんてったって、冤罪事件で下がった株を、この条例で上げようっていうのだから。

以下のリンクに、その辺の事情が書いてある。

http://www.asyura2.com/10/senkyo82/msg/503.html
リンク先で言及されている志布志事件というのは、こういう事件である。

志布志事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%97%E5%B8%83%E5%BF%97%E4%BA%8B%E4%BB%B6

要するに、冤罪事件で「左遷」になった警察官僚が、出世街道に復帰するために冒頭記事の条例で点数を稼ごうと思ったようだ。

エロ漫画やエロアニメが取り締まれるようになれば、警察の検挙件数が増えて予算が獲得しやすくなる。そして、アングラが表立って発表できなくなれば、当然地下に潜る(規制=人間の欲望が減るわけではない)ことになり、そこでは警察と昵懇のヤクザが法外な値段でシノギを得ることになる。そんな感じだろう。

しかし、私利私欲を、「公共のため」という嘘で塗り固める。エリートにはそれが許されると思っている節がある所など、この倉田という人物は、まさに我が国のエリート官僚という感じがする。

戦前にも、そうやって国家を私し、国民を不幸のどん底に叩き込んだ「エリート」がいた。
革新官僚である。

革新官僚とは
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%A9%E6%96%B0%E5%AE%98%E5%83%9A
革新官僚については、●前のgooブログでも記事を書いた。昔の記事はネット右翼そのものという感じのものが多く、はずかしい限りだが、これについては訂正の余地を感じない。

そして、問題はこういう条例を支持している側の人間にもある。

この手の「健全育成」条例と、そのような決まりを用いて統制国家を作ろうとする官僚を支援する連中がいる。PTA協議会などがそうだが、そういうところに集まる人間は、奇妙な純潔主義に染まっているところがある。

たとえば、政治家はカネに汚いとか、ネットは犯罪の温床だいうことをそういう人たちはよく言い、一番大事なのは清廉で健全であることだと唱える。

しかし、面白いもので、そういう連中は、政治を実際に動かしている官僚がいるとか、ネットを使って企業がサービスや宣伝を行っている事実については全く目を向けない。

そして、こういう連中こそが、戦前に「政治家は腐ってる、軍人さんは陛下の息子だから高潔なひとたちだ」とか思って、中国侵略や対米英戦争を熱狂的に支持した連中なのである。

たとえば、以下のリンクにあるような婦人団体など良い例である。

国防婦人会
http://myp2004.blog66.fc2.com/blog-entry-22.html

恐ろしいことは、国防婦人会に参加していた人たちの多くが、善意で若者を戦場に送り出していたことだ。これは、エロ本狩りに血道を上げる現代のPTAにも言えることである。

そして、そういう活動をしていた人間は、戦争が終わったら、手のひらを返すように平和が一番とか、国家が悪い天皇が悪いとか言い始めたタイプである。戦時中、時局婦人会に加わり、戦争遂行に協力した市川房枝など、まさしくそういう生き方をしてきた人間だ。

「他人が不快に思う娯楽など要らない。そんなのを楽しみたい人間はクズだ」
「性欲を解消したいならパートナーを見つければいい。できないのは努力が足りないから」
「サブカルチャーなんて不健全なものはこの世から消えてなくなれ」
「私たちが望んでいるのは、心が清らかで理性的な人たちだけが集うきれいな社会。くだらないゴミどもは消えろ」

最後のなんて、まるで『デスノート』の主人公みたいな考えだが、PTAにいる目のつり上がった連中の考え方からはそう離れていないだろう。

そして、その純潔主義は、ソ連に範を求め、完璧な国家統制経済を夢見た革新官僚に相通ずるものがある(そして、戦中から戦後にかけて、その一部が実現した)。

なにより、この件で一番問題があるのは、表現の自由を一番守るべき立場にあるマスコミである。

マスコミ各社は、この件に関してはやけに「客観的」だ。小沢一郎に対する「説明責任を果たせ」「国会で弁明しろ」の継続的かつ熱烈な大合唱と比べてみるといい。「表現の自由を守れ」という社説を掲げる新聞もなければ、反対キャンペーンをやるテレビもない。

石原がナンキンだとかヤスクニだとか、はっきり言って庶民にとってどうでもいいことに言及すると、ムキになってそれを叩くのとえらい違いだ。

おまえら、アツくなるのは、小沢の政治とカネの問題じゃなくてこっちだろう、と言いたくもなるものだ。

以上のように、白か黒かしか見えない純潔主義と、それに乗じて統制国家を作ろうとする革新官僚。そして、それらを抑止するどころか、火に油を注ぐマスコミ。 これを見て、みなさんは何を思うだろう。

これこそ、まさに「新しい戦前」ではないのか。

貧しくなっていく国民(ついに一人あたりGDPで台湾に抜かれた!)、尖閣問題に見られる国家主義的な意見の台頭を見ても、そういう懸念を感じざるを得ない。

このブログの読者のみなさんには、最後の最後まで、理性を失わず、国家やマスコミの姿勢を批判する視点を忘れないでいただきたいものである。
http://roronotokoro.blog113.fc2.com/blog-entry-307.html 
日々是洗脳
(思想分類:キチガイ左翼、アナーキー的左翼、リバタリアニズム的左派 売国奴ランクSSS 反日ランクSSS)


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何を言ってるんだコイツはwwwwwww
脱イデオロギー、脱近代国家主義、脱資本主義と好きかって言ってるが、何だかんだでそんなこと言ってるテメーが、一番イデオロギーに侵された左翼じゃねーかJK
やたらと右翼を貶めて嫌悪している辺り、右翼から転向した典型的な転向左翼だという事を自覚してないあたり痛い・・・。
やたらと新自由主義や近代資本主義を憎悪して嫌っているが単なるアンチ小泉でやってる事言ってる事は小泉と似てるんだよな(嗤)
結局はテメーの頭の中は個人主義、個人の自由や平等が保たれればいいわけでそういう国民意識や国家観、道徳観が欠落してるあたり、小泉や今のスッカラ菅となんら変わらない。
カネに興味はないとか言ってるがやたらとカネの話が好きで、左翼は嫌いとか言ってるが以前は社民党や共産党を支持していたし、ずっと読んでみたが、過去から現在に至るまで思考がブレまくり過ぎてついていけない。
何の反省も無く突然今まで言っていた事をひっくり返すし、論理的整合性が無い上にこれだけ失敗しているのにまだ新しい理想に何の躊躇もなく突進していくとはやっぱ頭狂ってるわ、コイツw

言っとくが、もっともらしい事を言っておいて論点をずらしたり、自分は謙虚な人間を装ってみたり、開き直って居直る様なレトリックを使って批判を煙に巻いたりと悪辣で卑怯極まりない。
もう一つ言っておくが、このキチガイの書くブログでは、やたらと希望を連呼するが、希望の語源とは漢字の意味通り、「希(まれな)望み」と書いて希望と読む。
そんな望みは滅多に成就されないという事で成就する事は奇跡だといってもよいという事だ。
こういう思想にハマるのは得てして、進歩主義や技術主義、ポストモダンにかぶれた左翼の思想だという事だ。

こういうタイプの気狂いは詐術的なクチの上手さと、ナチスのゲッペルスのやった様なレトリックで相手を洗脳もしくは追いこんで自分を有利な方向に持っていこうとする傾向がある。

とりあえずこの詐欺師まがいのキ印の思想の特徴を整理してみると、

●キチガイ左翼 こんなのは解説するまでも無く典型的な頭のおかしい左翼だという事。

●アナーキー的左翼 このブログの特徴でやたらと国家や政府、権力をふるう側というものを絶対悪というふうに捉えていて、地域や小さな共同体で市民思想に立った考え方が目立つ。いわゆる無政府主義の思想で、こういう所は菅直人などの市民運動家に通ずる所もあるだろう。つまり、国家観や国民意識は極めて低く、自分達の生活水準や自分達の所属する狭い地域での問題点にしか目がいかない。だから、2つ目の記事において、
>石原がナンキンだとかヤスクニだとか、はっきり言って庶民にとってどうでもいいことに言及すると、ムキになってそれを叩くのとえらい違いだ。 
などと言う事を平然と言う。(自分も石原都知事の戦後的似非保守は大嫌いであるが、)大方、日々是洗脳のクズ管理人の場合は、左翼的思考の悲哀と言うべきか条件反射の様に、石原憎しでこんな嫌味な事を言っているのだろうが、南京大虐殺事件の偽装と言い、靖国の問題も日本国民としてみた場合は尊厳や名誉にかかわる問題であるのだし、おおいに重大な問題であると言える。それを庶民にとってはどうでもいい事などとは間違っても言わない。
何だかんだ言って、左翼精神の地がつい出てしまったというところか。

●リバタリアニズム的左派 アナーキー的左翼にも通ずる所があるのだが、まずリバタリアリズムの説明についてこちらを読んでみて頂きたい。
●リバタリアリズムとは

●リバタリアニズム http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%90%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%82%BA%E3%83%
A0#.E5.8F.B3.E6.B4.BE.E3.83.AA.E3.83.90.E3.82.BF.E3.83.AA.
E3.82.A2.E3.83.8B.E3.82.BA.E3.83.A0.E3.81.A8.E5.B7.A6.E6.B4.BE.E3.83.AA
.E3.83.90.E3.82.BF.E3.83.AA.E3.82.A2.E3.83.8B.E3.82.BA.E3.83.A0


という感じで、ブログの端々を読めば判るのだがやたらと自然とか近代経済システムだとかいう用語が出てくるが考え方は緑の党の様な方向性に近いと思われる。
調べてみてわかった事だが、ロバート・ノージックの著書「アナーキー・国家・ユートピア」論の考え方に影響を受けていると言えるし社会的無政府主義、現代の潮流では、社会エコロジー、包括的民主主義という方向性に近いと言える。

総括すると、近代国家主義や近代思想、近代における経済システムに対してはほぼ反対の立場であり、国家と言うものを認めない。もしくは最小限にとどめようとする。
この日々是洗脳というブログの場合は、左派リバタリアンで社会的無政府主義のアナキスト、エコロジー運動自然主義派と言う事でおおよそ間違いない。


それでは今説明した事を踏まえて、次は今回取り上げた記事について考察してみる。

1、微妙に論点をずらしながら、自分の理論に引き込もうとする、
本当の部分の文章の中に少しずつ嘘の情報や考え方などを故意的に混ぜた文章内容


このブログの記事の特徴に前提条件としての問題提起から話を少しずつずらしながら
自分の理論の型、説得パターンに持っていくという方法がふんだんに使われている。
例えば、一つ目の記事について解説してみると、

まず、問題提起(記事の引用、などから話のネタとなるものを持ってくる)
                  ↓
今回の記事の場合:自殺の原因についての考察なのだが最初に自殺原因のデータを持って来ておもに原因は経済理由が原因若年者層の自殺が増えていると説明。だが、なぜ話を若年者層の自殺増加に話を持っていこうとするのか、かなり意図的に且つ巧妙に読み手を誘導している。
                  ↓
なのに突然、マスコミが若年者の自殺について大々的に報道とマスコミ批判に論点を少しずらす。
                  ↓
>必要なところにカネが行くようにすること、カネに困っている連中から収奪しないことである

>適切なマクロ経済政策(財政出動など、国単位で大きく考えた経済政策)を採れば、自殺者は減少する可能性は高い
と、もっともらしい事を言うのだが、
                  ↓
国民新党の亀井静香や民主の小沢一郎が日本の為に必要な人物で見識があるリーダーだとべた褒めして持ち上げる。
                  ↓
あーだこーだと、持論を展開してきておいて結局、今の政治にも社会にも期待はできないから
自分で何とかするしかないという身も蓋もない発言。
                  ↓
そしてまたまた自分の持論を展開して、自分の目指す、考えや理論があたかも素晴らしく正しいというように見せて読み手を引き込み、洗脳。


この記事について詳しく考察、批判していくと、
※こちらのデータを参照:
●平成21年中における自殺の概要資料 警察庁生活安全局生活安全企画課


>2009年の自殺者の原因(特定者のみ)のトップは、「経済的理由」である。そして、自殺者のうち約57%の職業は「無職」である。

  おそらく、その他の要因も、経済的な理由で生活が行き詰まり、その結果として引き起こされたものが大半であると推測できる。

と説明しているが、データを精査してみると自殺の原因のトップは健康問題でありここのブログ主は嘘を吐いている。
そして自殺者の職業は無職が57%と、言っているがこれもデータをよく見ると主婦や年金暮らしの老人が含まれるため正確ではない。データを見ると平成21年度では主婦と年金、雇用保険等生活者などで無職57%のうちの半分近くを占める。経済的な問題という副次的な要因もあるかもしれないが経済だけの問題だけではないのは明らか。
この事については、このブログでは他の原因も経済的な問題が引き金と言っているが、いくらなんでも論理の飛躍もいい所だ。確かにここ10年以上経済的な理由で自殺者は増えているがやはりデータを見る限り健康問題が全体の半分近くを占めているという事実がある。
なら経済状態がよければ、十分なカネさえあれば、自殺者は限りなくゼロになるという理屈であるがそんな事はありえない。
人間関係に悩んでや、病気や障害を苦にしてと言う事もあるし、自分から放蕩生活をしたり、明らかにメチャクチャな経営などをして事業が失敗しての自殺と言う自業自得のもあるし、ストレスや人間関係、労働環境の問題などが起因してのうつ病などの精神疾患による自殺もある。
この日々是洗脳で言ってる経済的な問題で自殺しているのが自殺総数の殆どと言う理屈になる根拠はどこにあるのかと問いたい。これはあくまでもこのブログの管理人の個人的な主観でのもの言いに過ぎず、あたかも正しい理論であるかのように振舞って微妙にミスリードさせ自分の考えに引き込もうとしているという事だ。

自殺者が増える原因は経済環境的な問題もあるのは確かだが、ニヒリズムの蔓延、漠然とだが将来に対するヴィジョンが持てないと言う事も大きな一つの原因であるのではないか?確かに景気が悪くて仕事が無くて将来を悲観して自殺などと言う例も確かにあるがだからと言ってカネが無くなると人間は自殺するという事にはならない。
このブログの場合、真実の中に微妙な嘘、誤謬があり意図的にやってる可能性が非常に高い。
しかもこのブログではこの後、
>自殺の原因が経済的な理由だということは、煎じ詰めれば必要なカネが手に入らないからそうなってしまうのである。
などと言ってるが、経済的理由はカネが手に入らないこととイコールでは決してない。
さっきも言ったようにカネさえあれば自殺しないというコイツの言う論理でいくと自殺者はゼロになる。
殆どの自殺理由が経済つまりカネが手に入らないからと言ってるんだから、カネが潤沢に手に入れば自殺者は出ないはず。
自殺者を減らす方法はこの日々是洗脳というDQNブログでも言っているが、

●低所得者層や仕事のない労働者、社会的な弱者、どんなに社会悪であってもニートや引きこもりからもカネを搾取しない事(必ず落ちこぼれる人間は出るわけだし、ダメ人間であってもコイツラを食わせていくというくらいの寛容さは必ず必要。これが受け入れられない自称保守や、ウヨクどもはマスコミ、左翼共がおこなってる言論封殺やレッテル貼りと一緒でバカ左翼やマスゴミを批判する資格は無い。)

●所得階級ごとの不公平を解消する。(累進課税の強化、相続税の強化、高所得者層にカネを使わせるようにする。こういう事を言うと共産主義だとか社会主義だとか喚き散らすバカがいるがそういう事を言う奴はただ自分の地位や権利を守りたいだけ。いくら稼ごうが個人の自由だし拘束しない。金持ちいじめだとか、これでは高額所得者が国外に逃げるだとか、ごねるアホがいるがカネを搾取するだけ搾取しておいて税金も払わずいばり腐って売国活動をする国家の事を考えないでカネ儲けのカネ狂い罪怪の経営者連中や自分の事しか考えない高所得者層や資産家は批判できないという理屈になる。ある程度の制限を設けないと格差が一方的に広がっていく。ある程度の抑制や限度と言うのは必要。高所得者層には権利や自由も増えるがそれに比例して責任や義務も増えるのは当たり前だ。それが嫌なら貧乏でいればよい。どちらを選ぶかは自由だ。カネ持ちになる権利を認めないわけでもないしこれのどこが共産主義や社会主義なのだろうか?新自由主義の考え方には吐き気がする。新自由主義もリバタリアリズムの一つである。つまり新左翼思想の一種と言う事だ)



この2点においては自分は考え方は同じだがこのろろと言うキチガイと決定的に違う点は

●人間には生きる目標と言うものが必ず必要
つまるところ、ヴィジョンが必要であり人間は目標や生きがいが無ければ努力しないし出来ない。
厳しい環境でも生き抜こうとするには精神性や道徳観、文化や伝統がニヒリズムの防波堤になるのだと考えられる。
そういう事をきっちりと学んでない人間、無知な人間が安い希望を与えられて頑張ったが上手くいかず絶望して簡単に死んでしまうという構図ではないのか?
そう考えると人間の精神構造構築における教育や家庭環境での教育(徳育が重要になる)


●いくらカネを配っても国民全体の消費マインドが向上改善しなければ意味が無い
いくら貧しい者に施しや優遇をしても根本的な問題として、カネを貯め込んでいる層が消費をしてカネを循環させるようにしなければ一時的な政策に過ぎず、負のスパイラルからは抜け出せない。

●いくら財政出動してセーフティーネットを張ったり低所得者層の優遇をしても国家の政策を信用しない国民ならいくらやっても無駄
国家に対しての信頼、他者に対しての一定の信頼、政策に対しての信頼が無ければいくら政策的に正しくても無駄に終わる。(現状において)何が正しくて何が間違っているかを正確に伝えるマスゴミが今の日本においては癌になっているので日本国民の大衆の思想や考えが正しい方向に向かない今の現状では正しい方向に大衆の考えを持っていくことは容易ではない。

●カネ持層にいかにしてカネを使わせるかという事が重要
カネを持っている階層にいかにしてカネを出させて国内で循環させるかが重要。選択と集中的な政策が必要である。

●今現在の日本の経済状況の諸悪の根源はデフレだと言うことであり、これを改善すれば一番手っ取り早い方法で自殺者は自然と減る。


しかも、よくよく考えてみると今年一年の報道を見ていても経済苦が理由で自殺した若年者についての大々的報道は思い出してみるが思い当たる節が無い。と言うかそんな報道は殆ど無い。
今年の若年社層の自殺で報道された例でいくと学生のいじめ、会社や家族などの人間関係、など特異な例ではたま~に取り上げる例はあったが四六時中、大々的に若年者層の経済理由での自殺について取り上げたという例は意外にも少ない。

2、左翼人種が陥り易い自己中心的な投げやりな考え方、ニヒリズムをちらつかせ絶望感を誘いながら左翼人がよく使う自由や平等の言う美辞麗句で引き込もうとする手法

>これから我々が神奈川の片隅で進めているプロジェクトは、大企業や政府にひざまづかず(無視したいが今は難しい)、カネを単なる手段としてテキトーに扱い(敵視はしない)、それでも面白おかしく生活できるコミュニティ作りである。

今は体制作りの苦労が続いているが、そのうち団体としてまともな活動ができるようになるだろう。ゆくゆくは、東京のカネが回っているところに負けない知的能力、戦闘能力、生存能力のある集団を作り上げるつもりである。

「自殺するくらいなら、ここに来て一緒にやってみよう」と、呼びかけられるような場所をつくる。それが、私の答えである。

みんなにはどうか、その日までなんとしてでも絶望しないで生き抜いてほしい。

こんな下らん世の中のために自分が死ぬ必要はない。



少なくともお前みたいなくだらん阿呆についていく奴はバカとしか言いようがないし、誰もついてこないと言う事だ。
この文面を読めばわかるだろうが間違っても大企業や政府にひざまづかず(無視したいが今は難しい)、カネを単なる手段としてテキトーに扱い(敵視はしない)、それでも面白おかしく生活できるコミュニティ作りだとか、
こんな下らん世の中のために自分が死ぬ必要はないとか何様なんだと。
そんな事を言う奴が共同体とかチャンチャラ笑わせる。
結局は自分が指導者としてそのコミュニティで権力を持ちたい、支配層になりたいと言う裏返しと言う様に見えてならない。
そもそも、
今は体制作りの苦労が続いているが、そのうち団体としてまともな活動ができるようになるだろう。ゆくゆくは、東京のカネが回っているところに負けない知的能力、戦闘能力、生存能力のある集団を作り上げるつもりである
とか、人間を能力でしか見ていない能力至上主義者じぇねーかと。なんかコイズミチョンイチロウとか竹中なんチャラとかとおんなじことを言ってるな。

結局は、人間を能力、つまりモノ、物質としか見ていない技術主義者で教条主義者のたんなるキチガイ左翼と言う事がわかる。
そして自分の意にそぐわない者や反発するものを徹底的に排除して国家や旧来の地域共同体に対しては軽視、バカにする態度はまさに左翼だ。
スターリン的独裁主義も真っ青のたんなる左翼ファシストに近いものも感じる。
そんな狭量な人間が到底新しいコミュニティを作って発展させていくという事は無理であり、そんな思想のコミュニティは地獄でしかない。

そして最後は、
「自殺するくらいなら、ここに来て一緒にやってみよう」と、呼びかけられるような場所をつくる。それが、私の答えである。

みんなにはどうか、その日までなんとしてでも絶望しないで生き抜いてほしい。


などと言う、おためごかしの美辞麗句で自分の思想に引き込もうとする上手いレトリックと表現手法である。
面白おかしく人生を過ごしたいと思っているコイツに他人なんかの事を考えてるとは到底思えないのだが?w
言ってるそばから自分で自分の言ってる事を打ち消してどうすんだと(嗤い)
たった数行の文章なんだからもうちょっとは一貫したまともな文章かけよと言ってやりたいw

3、言ってる事が180度変わる、終始一貫した論理が無い。小沢マンセー信者に見られる特有の思考回路であり、分類すれば小沢も左翼リバタリアン

自殺はなぜなくならないのかの記事でこんな文章がある。

では、一体どうすれば自殺者を減らせるのか。

というか、我々自身が自殺せずに済むのか。

それは、今ある経済の仕組みを個々人が越えていくことより他ない。



記事のタイトルが、「なぜ自殺は無くならないか」 なのに、
結局は自殺は自分で乗り越えて克服してくださいって、身も蓋もない事言ってるなwwwww
じゃこんなに長々書かずに自分で何とかしろ、ってことでいいじゃねーかと。なんか自己責任だの努力が足りないだのとか言ってる自己責任厨とさほど変わらない。
結局は自分の考えをあたかも素晴らしい理論で読んでる人間を引き込んで洗脳したいって言うのが見え見え。

こういう焦点ずらしは1項でも述べたとおりだが、
このブログでは以前はチャイナフリーだとか言って、チュウゴク産を買わない運動をしていたがつい最近では
そんな事をしているバカウヨやバカ保守はなんチャラだのとふざけた事を書いている。
また、このブログでは理念バカなる言葉を掲げて理念バカにはなるなとか言っているのだが、言ってる本人が一番理念バカだとなぜ気付かないのだろうか?
自分自身のやってる事や言ってる事が解かってない教条主義の妄想左翼は手に負えない


そしてもう一つは、このブログの管理人ろろが徹底した小沢擁護、小沢マンセーという考え方。
小沢は昔はコイズミに似た新自由主義に近い市場原理主義のアメリカ派だったのだが今は一転して
媚中派の急先鋒で反日勢力の親玉である。


小沢本人も自分は中国共産党人民解放軍の日本野戦司令官だとかぬかしているらしいから
間違いないだろう。それを持ちあげる理由がまったく理解できない。
この2つの記事を読むと、政治とカネで小沢を叩くのは間違い、などと寝ぼけた事を言っているが政治とカネの問題はあくまでも小沢と言う人間の悪の一面であり、そこから見え隠れするどす黒いチュウゴクとの関係であったり
突破口としての材料に過ぎない。

こういう考え方がコロコロ変わって節操がないあたりがこのろろと言うキ印と小沢の共通項であり
ろろと言うバカが自分の理想とする考えの為に論理や信条をコロコロ変える様に、小沢も自分の権力掌握の為には政治理念もコロコロ変わるり何をやろうが日本を壊そうがどうでもいいと言う、思想的雑食とも言うべき思考までそっくりではないだろうか。

左翼リバタリアンの特徴に自分中心主義とも言うべき、独善的で自分にとって有益でないものは排除しようとする傾向がある。
あくまでも正しいか間違いかの判断ではなく、損得で動くと言う事だ。
だからリベラルが国家が所得を再分配するという考え方に対し、左翼リバタリアンは
国家があるから格差が生まれるのであって、国家の権力を弱め、極力国家に頼らず小さな共同体内での交流で何とかして生活を守ろうとする。
つまり、リベラルは国家を中心に縦に資本や富の再分配を行うのに対して左翼リバタリアンは横の繋がり、地域共同体や小さな村社会的なコミュニティでの物流や知的、文化的交流や交換で足りないものを補って所得や富の再分配を行うという考え方だ

だから小沢もこのろろとか言う気狂いも国家観が無い。
自分の私欲、権力欲、にだけしか興味が無いのだ。だからいくら綺麗事を言っていてもつまるところ中身が無い耳触りのいい幻想妄想の類の理論を振りかざして洗脳して手駒にしようと言うぐらい程度の事しか考えてない。

そして最後に東京都青少年健全育成条例改正案の事についても頓痴気な解釈をしているので批判しておく。
とりあえず、次の記事を見て頂きたい。

■[アニメ社会学][萌え撲滅に向けて!]都青少年条例可決…反対派はなぜ敗れ去ったのか? 14:00

 さる13日に都議会総務委員会で”東京都青少年健全育成条例改正案本日(以下都条例)”が可決された。それを受けて本日15日、東京都議会定例会本会議で正式可決、成立した。本条例は来年7月に施行されることが決まった。

 当ブログでも過去記事等でこの問題を取り上げた経緯から、そして一介のアニメオタクとしてこの条例の行方を”非実在青少年騒動”の時分よりウォッチし続けてきた。このたび、本条例が可決成立されたことを受け、この条例の賛否は取り敢えず置いておくとして、明治大学准教授の藤本由香里氏等を中心として行われた一連の反対運動が、なぜ本条例の可決を阻止できなかったのか、そして”非実在青少年騒動”の折に条例反対を表明した民主党が何故賛成に転向するのを阻止できなかったのか、考察してみたいと思う。

1.条例の”拡大解釈”を危惧…じつは賛成派の格好の口実に

 前述の藤本氏はこの条例反対の最大の理由として、この条例の拡大解釈が表現活動の萎縮を生じさせるから…と繰り返し説いた。この理屈は非常に良く分かる。しかしながら、この反対派の最大の論拠こそ、実は今回民主党が賛成に回ったことの格好の口実を与えてしまっている自己矛盾に氏は気づいているのであろうか。

 条例文の拡大解釈・拡大運用が問題と言うなら、逆説的に言えば拡大解釈さえされなければ条例の趣旨には賛成である、といっているに等しいのではないだろうか。今年6月の”非実在青少年騒動”の時に、民主党が反対したのもこの「条例の拡大解釈」を危惧したからに他ならない。即ち、拡大解釈の懸念さえ払拭されれば条例の基礎理念には賛成、といのが旧来より民主党都議団が主張してきたこの条例に対するスタンス(下記引用画像)である。今回可決された都条例は、この拡大解釈の懸念を条文上ほぼ払拭したものであり、”非実在青少年”等とどうとでも取れる文句を削除して対象をほぼ明確化した。よって都議会民主党が賛成するのも当然の成り行きである。

 つまり反対派は、”拡大解釈の危惧”を叫べば叫ぶほど、民主党都議団が都条例に賛成する事の理論的根拠を与え続けてきたのである。反対派がこの条例に対して最も言わなければならなかったことは、”例えそれがどんなに非倫理的な性表現でもあっても、如何なる表現も表現の自由の元に許容されねばならぬ”という姿勢である。その為にこそ、以下に記述する”非倫理的な漫画表現そのもの”を公衆に見せなければ説得力は無かった。つまり、例えそれがどんなに非倫理的なエロ漫画でも、それを守らなければひいては漫画文化の衰微に繋がるという理屈の、根っこにある”非倫理的なもの”そのものを公衆に提示しなければならなかったのである。

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2.何故ちばてつやや秋本治の代わりに同人作家やエロ漫画家を出さなかったのか?「エロ漫画を守る」と言えなかった反対派


 ※あすから始まる都議会に再提出される見込みの青少年健全育成条例の改正案について、きょう都庁で、ちばてつやさんなどの漫画家が条例に反対する声明を発表しました。

 記者会見にはちばてつやさん、秋本治さんなど日本を代表する漫画家や出版社の幹部などが出席しました。(TOKYO MXテレビニュースより引用)

 本条例反対派が熱心に主張すべきだったことは、前述の通り「例えそれが如何に非倫理的な表現であっても守らなければ成らない」という主張であり、その為には当の「非倫理的な漫画」をまず公衆に提示しなければならなかった筈だ。そして全面に登場すべきは、そのような”非倫理的漫画”で生計を立てている18禁同人作家やエロ漫画家だった筈である。 

 ところがこの都条例反対派としてこの反対運動の全面に登場したのは、「あしたのジョー」でお馴染みの漫画家・ちばてつや氏と「こち亀」で国民的存在である秋本治氏である(上記ニュース動画参照)

 本条例でははっきりと、「刑罰法規に触れる性行為や近親相姦などを不当に賛美・誇張した表現」が対象と明記されており、法の素人が見ても「あしたのジョー」や「こち亀」が、例えば秋本治氏の言うように両さんの麻雀シーンが規制対象になる、という事など有り得ないことは明白だ。しかし、反対派がちばてつや氏や秋本治氏を全面に登場させた理由は、全面に登場させたのではなく「登場させる」しかなかったからではないか。

 なぜならこの条例をそのまま額面通り読んだとき、規制対象になる非倫理的漫画(所謂18禁同人誌やエロ漫画)を公衆の目に登場させると、これまで中立や反対派に意を同じくしていた彼ら反対派の同志や女性もが「その内容の酷さから賛成派に転向する者」が続出しかねず、これまで条例に関心を持たなかった中立的な世論までも条例賛成に強烈に傾くことを恐れたからに他ならないであろう。その「やましさ」を他ならぬ反対派の中核である藤本氏らが自覚していたからこそ、本来の立法趣旨である”非倫理的性描写漫画”とやらを書いている当事者でる同人作家やエロ漫画家を全面に出すこと(それが無理なら、せめて下記のようなエロ漫画の内容や表紙の紹介)が出来ず、エロとは無関係な当たり障りの無い国民的な老大家を担ぎ出すしかなかったのであろう。

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 ちばてつや氏や秋本治氏という、本来条文の対象とは関係ない老大家を権威的に登場させ、現場で18禁同人誌やエロ漫画を描いている作家を全くといって良いほど登場させなかったという運動手法の稚拙さが、今回の敗因の一つであるといってよいであろう。何故、彼らを全面に出さなかったのだろうか。堂々と公にエロ漫画の内容を公開し、「私はこういうものを書いておりますが、私は性犯罪を犯したことも法を犯したことも無い。私には生活があり家族が有りファンがある。あなた達からは単なる害悪のエロ漫画に見えるだろうが、エロ漫画愛好者は羊のように大人しい人間ばかりであり、性犯罪を犯す奴らは常にスーパーフリーのような連中だ。表現者や表現物に罪は無い。私達が守りたいのはエロ漫画だ」と堂々と言えば、その意気やよしとして賛成派から反対派に転向した議員も居たかもしれないし、民主党都議団の中でも踏みとどまった議員も居るであろう。それが無理だというなら前述の通りせめて規制対象に成りうるエロ漫画の本編や表紙を藤本氏などが代理で紹介するべき(モザイクをふっても良い)であった。しかし、その”非倫理的表現”を直接公衆に触れさせることなく、条例の拡大解釈の危険性だけをひたすらに説く反対派の姿勢は、それを言えば言うほど「では拡大解釈さえされなければ本条例の趣旨には賛成である」(上述)というシグナルを送り続ける事(民主党都議団の主張と同じ)と成り結果的に逆効果となった。

 条例の本文とは直接関係のない老大家ばかりがしゃしゃり出てきて、現場で活躍する作家やその作品が、例え”非倫理的”であってもその内容の酷さから賛成やむなしに世論が硬化することを恐れ、悪戯にしずかちゃんの入浴シーンやベルセルクばかりを持ち出し、はっきりと「エロ漫画を守りたい」「エロ本の何が悪いのか」と言わなかった(言わせなかった)のは、運動手法として敗北であり、やはりエロ漫画・アニメをも愛するアニメ・漫画オタクの一人として慙愧に耐えないのである。

3.”石原憎し”でサヨクが反対派に大集結…漫画の話がいつの間にか石原憎し・保守憎しのサヨク活動に変貌!

 反対派の活動の中で、特に改正後に顕著だった事象ある。それはこの条例が石原都知事肝いり・都議会自民党という保守派主導で推進されたという事実に基づき、本来漫画と関係のない、単に「石原憎し」だけを主目的とする反石原のサヨク団体やサヨクネットワークが、漫画問題を隠れ蓑に反対派に次々と集結していったことが挙げられよう。

 特に石原都知事の「同性愛者はどこか足りないな」発言以降急激に増えたのは、同性愛者団体・ジェンダー団体などの中でも護憲・9条ネットワーク等と連帯する、前回都知事選で浅野元宮城県知事の背後に居たような、社民党・共産党周辺にある魑魅魍魎のようなサヨク団体の参加であった。

 彼らは「表現の自由」と言うサヨクの常套句に惹かれたのか、漫画問題と全く関係の無い連中が、ネット上で「漫画オタクの麻生太郎は実は規制賛成派だからクズ、おなじく安倍晋三も規制賛成派だからクズ。次期都知事選挙では非自民候補を応援しよう!統一地方選挙でも規制反対の非自民候補(社民党・共産党)に投票しよう!」と盛んに喧伝して回っているのは非常に不愉快である。

 このような「石原憎し」「保守憎し」だけで都条例反対派に如何にも「表現規制反対派」を偽装して金魚のフンのように付きまとうサヨク団体・活動家は、漫画を政治利用しているに過ぎず、政治的野心の為に漫画・漫画文化を利用する彼らこそが文化破壊者であると断定できよう。この問題に真面目に反対している有識者・反対派にとっても、漫画を政治利用しているに過ぎないサヨクがここぞとばかり運動に参加して狂ったように「石原憎し」を口にしている事実は、彼ら反対派にとって最大の害悪であり、真面目な反対運動の冒涜でしかないことは明白である。

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4.サヨクの工作に弄されること無く条例の適正運用を監視しよう!

 我々はこのような反対派敗北の理由を噛み締め、漫画を愛好する良心ある日本国民として、この条例の拡大解釈により全ての漫画やコミケが即座に消えるなどと言う空疎空論の揚げ足取りに終始することなく、条例の立法趣旨を尊重して、この条例の適正運用を監視しようではないか。

 さらに前述の通り、普段漫画問題とは全く関係の無い連中による、反自民・反保守・反石原の策動に踊らされてはならない。都条例反対でありさえすれば、憲法9条死守・天皇制解体・日教組教育推進・村山談話踏襲・従軍慰安婦に謝罪基金を創設・靖国神社参拝絶対阻止などを標榜する社民党や共産党がこの国の政権与党になってもよいという諸君は、君達こそ売国奴でありこの国の文化破壊者であることを知るべきだ。

 都条例に関する賛成だけで、営々と努力してきた麻生太郎・安倍晋三ら良心の政治家を一斉に罵倒し、あまつさえ次期都知事選挙や衆院・地方選挙で非自民系候補を当選させようと言う運動は、漫画の政治利用でありサヨクの政治謀略の一貫であることを心得るべきである。

 我々はこの条例に賛成・反対の立場の別なく、国家観・外交安保政策という国家の根幹部分で全く国民世論と遊離した社民・共産党をこの都条例の反対と言うだけで賢明な勢力と判断してはならない。漫画規制よりも、国家・安保観の方が政治的イシューで常に上位であるのが正常な市民感覚であることを自覚すべきではないだろうか。

5.賛成派にも一言!”エロ漫画・エロアニメ”よりも害悪なものとは…?

 自民党・公明党などは、都条例はもとより児童ポルノ法推進などに長年に渡り尽力されて来たのは理解するが、彼ら賛成派に最後に一言だけ言いたい事があるので書き記しておく。彼ら賛成派は、”非倫理的な漫画・アニメ”が青少年の人格形成に悪影響を与えていると力説するが、確かにその側面もあろうが、最も彼ら青少年の人格形成に悪影響を与えているのは過激な実写ポルノ(AV)であるのは論を待たないのではないだろうか。

 今回の都条例では、何故その規制の対象が漫画・アニメだけであり、実写AVが対象外となったのは甚だ疑問である。この条例の中に、実写AVも対象とすればさしもの反対運動も幾分かは和らぎ、反対派も少なくない人々が納得した事は容易に想像できるのである。

 何故、実写は対象外か。それは巷間言われているように、この条例を推進した石原都知事や自民・公明の都議団の意識の根底に、隠し切れぬ漫画・アニメへの蔑視があるからではないのか。「漫画・アニメの実態は良く分からないが、なにやら不穏で危険な存在であるのは確かだ」という蔑視・差別心は、その昔中国人・日本人に対して欧米人が抱いた「黄禍論」の構図と非常に良く似ていると感じるのは私だけではあるまい。

 「良く分からないが、取り敢えず危険な集団であろう」という断定的な見なし行為は、その根底に相手への無理解と無知から来る偏見と差別心から醸成されている。今回、わざわざ最大の害悪であるはずの実写AVを除外したのは、「何か良く分からない異質なものへの恐怖」というかつての「黄禍論」に余りにも似すぎている。当然ここには、都議会自民党や公明党の中に熱心な漫画やアニメの愛好家が、彼らの年齢層(高齢)を考慮すればほぼ存在しないであろうという私の推測が当たっていればの話であるが、少なくとも当たらずとも遠からじであることは調査をしなくとも明白ではないか。

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 更に言わねばならぬのは、青少年の人格形成に実のところ最も害悪を与えているのはテレビそのものである。「イケメンだから」と言う理由で、不良少年らの破壊活動や暴行・恐喝が美化され、あまつさえ彼ら声の大きいものが学校教師らの教導者によって救われる、というこの国特有の悪人正機の思想は、真面目に学業を行い学生生活を送っている勤勉な青少年の精神構造にこの上ない害悪を与えることは自明である。何故かこの国では、真面目に努力するものが日陰者=ダサい、として描かれ、声の大きい容姿の良い美少年・美青年は何をやっても許されるという歪んだ社会的風土が、主にテレビドラマによって醸成されている。その筆頭が、「ルーキーズ」であり「ごくせん」だ。

 公共電波であるテレビがこのような社会風土を醸成し、映画にまでして拡大再生産している現状下で、目立たぬ真面目な青少年が、”非倫理的漫画”とやらを家で隠れてこっそり読むことの自由まで奪われるのは、確かに彼ら反対派に同情するも止む無しの現実である。だからこそ私は、ちばてつやや秋本治等と言った立法趣旨と無関係な権威的老大家ではなく、実際に18禁同人誌やエロ漫画を描いている作家やその愛好家が、自分達は法を犯したことも一度も無く、性犯罪を犯すのは常にスーパーフリー的連中(ルーキーズやごくせん等で描かれる連中)なのであると主張して欲しかったのである。

 しかし法案が成立した今、我々はその立法趣旨を厳然と受け止め、まずは不要不急の拡大解釈論を封じ、不断の努力で以ってその運用を監視し、青少年の健全な育成環境の醸成に尽力すべきであろう。

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この記事はさくらじパーソナリティーの古谷経衡氏の記事だ。
このろろという狂塵と対極に位置する考えだし、比較の為に転載した。

この記事ではこの事に関しては詳しくは書かないが、自分の考えと立場として述べるなら、

今回のこの騒動は、モラルのない人間がモラルのない人間を罵っていると言う様な構図であり書き手側(反対派)の自己規制や社会道徳のなさが招いた問題であり
擁護できないし、だからと言って法律を施行しようとしている(推進派)の連中の矛盾や自己のモラルの無さに対しても擁護できない。

さて話を戻すが、前者のキチガイが書いた記事と後者の古谷氏の書いた記事を比較すれば
明らかに後者の記事の方が説得力がある。
こんな条例改正が戦前の始まりだとか言ってるろろの頭がおかしいだけなのだが、いくらなんでも飛躍しすぎである。
自由、平等、反権力という根底にある左翼思想がこういう問題になるとつい表に出てしまうんだなという実例だ。
所詮ろろというアホもいくら言い繕ってもキチガイ左翼の一派であるという厳然たる事実だろう。
志布志事件や革新官僚、国防婦人会の市川房枝などの話を持ち出して陰謀論に持っていき読み手をミスリードさせようとする辺りも左翼ならではだ。
志布志事件の事を引き合いに出して推進派はとんでもない連中といいたいようだが反対派もたんなる左翼過激派がバックについて煽って政治利用しているのだから、普通ならその事にも触れなければならないはずだがその事はなぜ書かないのかは言わずともわかる事だ。

まあ、このろろというキチガイのやりそうなご都合主義のでっち上げ記事である。
皆さんもこのキチガイには耳を傾けないよう忠告しておく。
くれぐれも洗脳されない様に。

キチガイろろ様は最近心酔していた平和党とケンカ別れした様でひどい目にあっただとかヘラヘラふざけた記事を書いているが
失敗する事は目に見えていた。
読者からの忠告も聞かず一人で突っ込んでいったわけだが、まあこんな事もわらん奴が新しいコミュニティを作るとかホント嗤わせるんですがね。
バカもここまで来るといっそ、清々しいとだけ言っておこう。


「キ印ろろは他人を批評できるほど賢くもなく、正しくもなく、また能力もない」日々是洗脳反対、早く消えろ、カス!
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