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ダンスダンスバカダンス

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最近、ダンスこと佐藤健志氏の朝日新聞問題の考察、憲法9条に対する言論を
ずっと読んでいたのですが、頭おかしくなっちゃったんですかね?

朝日新聞の問題についてはもう答えが出ていて、潰れればよい。
また戦前の様に愛国的な新聞に替わる可能性云々とかワケワカな事を言っていますが
自分はそういう変節をひっくるめて朝日がクソだと思っているわけで、潰れてなんら問題ありません

自分が困るわけではないし、そもそも新聞なんかここ20年以上買って読んだことが無いのが取り柄です(笑)
子供の頃、近所の新聞屋に勧められて家の人が嫌々取っていましたが、処分に困るし
チラシなどのゴミが溜まるのでさっさと止めた覚えがあります。
そもそも読んでいませんでしたしw

エコが叫ばれる現在、あんな無駄な存在は無いでしょう。資源の無駄遣いです。
潰れたら朝日新聞の社員や家族、新聞屋のが失業して困る云々言ってる阿呆がいますが
犯罪シンジケートを潰すことのどこが悪いのか?

犯罪者はそれ相応の社会的罰を受けるのは当たり前。
例えるなら、いい大人がヤクザの組織に入っておいて知らなかったんです、
だなんて言い訳できると思いますか?

日本には職業選択の自由がアメリカ様から押し頂いた有難い日本国憲法にも謳われているのですから、
反国家的な飛ばし記事を書き散らして国家騒乱罪、国家反逆罪に加担しているような
組織から抜ければよいだけの話。人としての良心があるならの話ですがw

誰も朝日新聞社にお前は就職しろ!だとか、新聞屋になれ!は言ってませんからね。
確信犯的に朝日は自分にとってステータスになる、居心地がよくカネも稼げて安泰だ!と思って
自分から志願して入社してるわけでただ単にそいつの見識、見る目が無いだけの話です。

そんなくだらない話はさて置き、本題の話ですが、
施光恒先生の反論に噛みついて、憲法9条にノーベル賞を与える事は賢だというキチガイじみた理論を
展開しているダンス佐藤さんですが、言ってる事がワケワカです↓


【佐藤健志】「憲法九条にノーベル賞を!」の賢


投稿日: 2014/10/22


From 佐藤健志@評論家・作家

10月17日の本紙に、施光恒さんが「『憲法九条にノーベル平和賞を!』の愚」という記事を寄稿されました。
今週の記事のタイトルは、むろんこれにちなんだもの。

施さんは憲法九条(正確には「憲法九条を保持する日本国民」)がノーベル平和賞を取ることに反対されているものの、何を隠そう、私は賛成なのです。
そこで「賢」としたわけですが、ちょっと断り書きを。

このタイトル、本当はもう4文字追加されます。
すなわち「『憲法九条にノーベル賞を!』の愚にして賢」。

「それ、民は賢にして愚、愚にして賢」(=民衆は賢いようでいて愚かだが、愚かなようでいて賢い。すなわち世の中のことについて、逆説的なバランス感覚を持っている)という有名な言葉があります。

同様、「憲法九条を保持する日本国民」がノーベル平和賞を取ることも、一見すると「愚」、つまり日本の国益に反するように見えて、じつは「賢」、つまり国益に貢献する側面を大いに持っている! というのが、私の考えなのです。
なぜ、そうなるのか?

まずは施さんが、日本国民のノーベル平和賞受賞(憲法九条が、それ自体として賞を取ることはありえません。同賞は、個人か団体にしか授与されないのです)に反対する理由を、記事から抜粋してみましょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は、日本国憲法は改正して自主憲法を制定すべきだという立場ですので、「憲法九条にノーベル平和賞を」というこの運動には反対です。

(1)戦後日本の平和を守ってきたのは、憲法九条ではなく、在日米軍や自衛隊の存在である。それを冷静に認める必要があるから。

(2)日本の憲法のありかたは日本の歴史や伝統文化を踏まえて、日本人が慎重な審議のうえ決めていくべきである。そこに(ノーベル平和賞という)外部の権威を引き込んでくるのはおかしい。
(表記を一部変更。カッコは引用者)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

要約すれば、こうなります。
──「憲法九条を保持する日本国民」がノーベル平和賞を取ることは、憲法改正、わけても九条の改正の実現をそれだけ難しくするから反対だ。

なるほど、日本国民にノーベル平和賞を取らせようと運動している人々が、「憲法改正の阻止」を目標にしているのは間違いありません。
今回の運動のきっかけを作ったとされる神奈川県の主婦・鷹巣直美さんは、こう語っています。

「(ノーベル平和賞を取れば)憲法を変えなければと思っていた政治家も『ああ、そうだよ。僕らも本当は戦争も、憲法改正もしたくないんだよ』と素直に言ってもらえるようになるのではないか」

運動の実行委員会のメンバーで、相模が丘「九条の会」にも属している落合正行さんなど、さらにハッキリ断言しました。

「もし受賞したら、日本を代表して安倍首相に受け取ってもらいたい。そうすれば、九条に手を加えることなどできなくなる」

早い話、護憲派の政治的な思惑が働いているわけですな。
し・か・し。

運動を推進する人々が、「ノーベル平和賞を取れば憲法改正は不可能になる」と希望している、または決めてかかっていることは、本当にそうなることを何ら意味しません。
失礼ながら、施さんはこの点に関し、向こうの主張に乗せられてしまっているように思います。

私の見るところ、鷹巣さんや落合さんの発言とは裏腹に、日本国民がノーベル平和賞を取ることこそ、憲法改正を実現し、九条に手を加えるための大きな一歩となりうるのです!

というわけで、憲法九条を非現実的なキレイゴト、ないし純然たるナンセンスと位置づければこそ、私は「憲法九条を保持する日本国民」のノーベル平和賞受賞を、愚にして賢だと見なしています。

より厳密には、
「愚であるにもかかわらずの賢」
「愚ならではの賢」
と言うべきでしょうね。

友人の作詞家・東田剛さんが提唱するように、「憲法九条を考案して日本に押しつけたうえ、70年近くも守らせたアメリカ合衆国」が平和賞を受ければ、いっそう良いかも知れません。
ただしそうなると、「憲法九条を押しつけたアメリカ合衆国にノーベル平和賞を!」という運動を新たに始めねばならないので、ここは日本国民の受賞でよしとしましょう。

だとしても、日本国民のノーベル平和賞受賞が、どうして憲法改正の促進に結びつくのか?

これをめぐっては、先週もご紹介したメルマガ「踊る天下国家」の二回目
「憲法九条がノーベル賞を取る日」
について、本文をご覧になったうえ、音声ファイル(約1時間ものトークが収録されています!)をお聴きいただかねばなりません。
URLはこちらです。
http://chokumaga.com/magazine/free/152/4/

ただしここでは、私の公式サイト「DANCING WRITER」に寄せられた、フルートさんという方の感想をご紹介します。
ヒントが隠されていますので。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ちょく論第二回目特典音声ファイルすごく良かったです!

作品を好きな人に教えるとき注意しなければいけないこと、
いわゆるネタバレになっちゃうといけないので、少しだけ・・
『真ん中に〇〇が立っているだけで・・』のところ!
まずここを認識できないことには、
そもそも「親日」「反日」のどちらであったって、国や人の在り方として不安定過ぎますよね。

また安倍総理と石破大臣とのやりとり、
ここにも安倍総理の
「本当のところ自身に自信は無いのに神の側に立てちゃう」
何かある種これ以上ない位の主体性のなさを感じました。

ある時は神側と一体化することで万能感すら有すのに、
都合が悪くなっちゃうと
今度は自身の政治的左右からの見立てとしての
「敵側による全ては策略だ」史観
(注:目的達成にマイナスとなることはすべて、何らかの「敵」による卑劣な策略の産物と見なし、怒りと被害者意識の混ざった感情にひたる姿勢)
に振り回されちゃう、
一見したところ主体性があるように見えて
本当のところ、見る視点を変えるのではなく、
ある発言に伴って自身の姿形まで都合良く変えて解釈してしまっているから、
この後ろめたさが自信のなさとなって
「結構政治的ですよね。(ニコッ)」
になってしまったのかなと思いました。

日本全体で自分たちの姿形が分からなくなってしまっていて、
こんな物の捉え方では歴史の連続性も
本当の自由の実感もままならないと思いました。
(読みやすさを考慮し、表記を適宜変更)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「安倍総理と石破大臣のやりとり」とは、今年のノーベル平和賞が発表される直前、
10月10日午前の閣議(厳密には閣議開催前の写真撮影の席)で石破大臣が「九条が受賞したら誰がもらうのか。政治的ですよね」と話しかけたところ、
総理が「結構、政治的ですよね」と答えた、というものです。

フルートさんが感銘を受けて下さった「真ん中に立っている○○」とは何か?
これが「平和賞受賞こそ憲法改正への道」という謎を解くカギです。
あとは「踊る天下国家」をどうぞ!

ちなみに「憲法九条がノーベル賞を取る日」、
音声ファイルまで合わせると新書80ページ以上のボリュームがあります。
これでお値段は200円。

自分で言うのも何ですが、安くないですか?
目下、新書は200~240ページ前後の分量で、800円ぐらいするのが一般的。

つまりは通常の新書の25%のお値段で、33%~40%にあたるボリュームの議論をお届けしていることに。
計算してみると、なんと30%から60%もお得なのですよ!

あらためて、URLをどうぞ。
http://chokumaga.com/magazine/free/152/4/

こちらもあわせてお読み(+お聴き)になると理想的ですね。
http://chokumaga.com/magazine/free/152/3/

ではでは♪(^_^)♪

http://www.mitsuhashitakaaki.net/2014/10/22/sato-16/



そして、施光恒先生のメールマガジンの内容↓

【施 光恒】「憲法9条にノーベル平和賞を!」の愚

From 施 光恒(せ・てるひさ)@九州大学

おっはようございま~す(^_^)/

最近、ノーベル賞をもらう日本人科学者が増えましたね。私が子どもの頃は、受賞者がまだ少なかったためか今のように騒がれなかったような気がします。ノーベル賞をめぐる報道が、なんか一種の季節の恒例行事のようになってきました。ノーベル賞の発表があると、ああ秋になったなあ、なんて感じです。
(^_^)

ところで、科学とは別のところで盛り上がっていた「憲法9条にノーベル平和賞を」という運動、結構、気になっていました。

私は、日本国憲法は改正して自主憲法を制定すべきだという立場ですので、「憲法9条にノーベル平和賞を」というこの運動には反対です。

特に私が批判したいのは、この運動を積極的に支援する「知識人」やマスコミです。

「憲法9条にノーベル平和賞を」という運動は、神奈川県に住む主婦の発案から始まったそうです。専門家ではない市井の一主婦が始めた運動だそうですが、それに乗ろうという「知識人」やマスコミが増えてきたのには呆れます。

理由は主に二つあります。

(1)戦後日本の平和を守ってきたのは、憲法9条ではなく、在日米軍や自衛隊の存在である。それを冷静に認める必要があるから。

現実的に考えて戦後日本の平和を守ってきたのは、憲法9条ではなく、主に在日米軍やその影響下にある自衛隊の存在でしょう。つまり、戦後日本の平和は、残念ながら米国に安全保障を依存することによって守られてきたのです。

「憲法9条にノーベル平和賞を」という運動は、この事実を見ていません。この事実から目を逸らすことにより、日本が米国に安全保障を依存するという状態をいっそう強固にしてしまう恐れがあります。

日本は、自国の安全を米国に守ってもらっているため、米国の意向に逆らうことは事実上、非常に難しい状態にあります。

評論家の伊藤貫氏によれば、米国と中国の間には、1972年にニクソンとキッシンジャーが周恩来と外交戦略の会談をした時以来、「日本が、独立した外交政策・軍事政策を実行できる国になることを阻止する。そのためには、アメリカは、米軍を日本の軍事基地に駐留させておく」という内容の、米中密約を結んだそうです(『中国の核戦力に日本は屈服する』小学館101新書)。

米国政府幹部の多くは、日米同盟を結んでいる理由とは、日本が安全保障に関して米国に依存している状態を保ち、米国の決定に最終的には逆らえないようにしておくことにあると考えているとのことです。

実際、日米構造協議にしろ、その後の郵政改革にしろ、昨今のTPPにしろ、日本が米国との通商交渉において国益をきちんと主張できないのは、当然ながら安全保障を米国に依存していることが一因です。そのため日本社会は、さまざまな面で改悪を余儀なくされてきました。

「憲法9条にノーベル平和賞を」という運動はこの事実から目を背けています。この運動の結果、9条がノーベル平和賞を受賞してしまえば、9条改正はいまよりもかなり難しくなるでしょう。米国依存からの脱却が遅れます。そうなれば、日本の経済社会の一層の改悪が進むかもしれません。

あるいは近い将来、米国が日本を含む東アジアの安全保障から手を引くようなことがあれば、憲法9条を後生大事にする日本は、今度は中国に依存するようになるでしょう。米国が中国に変わったところで同じです。あからさまな軍事的侵略がないとしても、安全保障との引き換えに、さまざまな無理難題を押し付けられ、日本人の生活がおかしくなるのは間違いありません。

「知識人」やマスコミの役割とは、「憲法9条が戦後日本の平和を守ってきた」という見方が現実的ではないことや、戦後日本の平和が国際政治のバランスのなかでどのような犠牲を払って成り立ってきたかなどを冷静に指摘するところにあるはずです。

それをまったくせず、「憲法9条のおかげで戦後日本の平和が保たれてきた」という夢想に乗じてしまうようでは、「知識人」やマスコミの意義などないも同然でしょう。

(2)日本の憲法のありかたは日本の歴史や伝統文化を踏まえて、日本人が慎重な審議のうえ決めていくべきである。そこに外部の権威を引き込んでくるのはおかしい。

周知のとおり、日本国憲法の評価は日本国民の間でさまざまです。特に、憲法9条を改正するかどうかについては最近大きく意見が分かれます。

憲法や安全保障については、今後の日本人が日本の伝統文化やそのときどきの国際情勢を踏まえて全員で慎重に審議していくべきです。

事情をよく知らない外国人の意見やそれに基づく権威を審議の場に引っ張り込んでくるというのは、私には望ましいことだとは思えません。

これは、一昔前の「構造改革」の際によく言われた「外圧」、あるいは近年よく使われる「国際公約」なるものと同じ図式です。

現在、一部の政府幹部が「消費税の10%への引き上げは国際公約だ」と述べ、一般国民の声を聞かず、消費税率引き上げをゴリ押ししようとしています。現政権の幹部には、「国際公約」という言葉の非民主性をぜひ認識してもらいたいものです。

「憲法9条にノーベル平和賞を」というのも同様に、日本国民の間に意見の大きな相違があり、慎重かつ民主的に審議して決めていかなければならないところに、外部の権威を引き込む行為でしょう。あまり民主的だとはいえません。

この運動に賛同しているのは「民主主義」に大きな価値を置くいわゆる「リベラルな知識人」や「リベラルなマスコミ」の人々が多いと思いますが、この運動の非民主性をぜひ自覚してもらいたいものだと思います。
(´・ω・`)

そもそも、憲法9条がノーベル賞を本当にとることがあったら、受賞者は、日本国民ではなく米国をはじめとするGHQってことになりはしませんかね。実質的に9条を定めたのはGHQだったわけですし。国際社会もそう認識しているのではないでしょうか。

ノーベル賞をとったら、米国は、「わしが育てた」ならぬ「わしがこさえた」とか言い始めそうな気がします。

だらだらと失礼しますた…
<(_ _)>

http://www.mitsuhashitakaaki.net/2014/10/17/se-45/




はっきり言ってこの2つの論を読み比べれば、
どちらに正当性や道理にかなっているか常人なら一目瞭然だと思います。

徳川家康も言っていますが「道理において、勝たせたい方に勝たすがよし」と言う言葉を
借りて言わせてもらえば、私は施先生の論の方に道理があると思うし
勝たせたいと思うので施先生を擁護します。

佐藤健志氏の言っている理屈は屁理屈、ただ逆説的理論を多用した理論で
方向性具体性がどんどんあやふやになっていくだけで、
今まで積み上げてきた議論を混ぜっ返して言論評論のネタにしているだけにしか見えません。
こんな事に何の生産性もありません。
つまり道理が通らない、筋が通らないと感じぜざるをえないのです。

もったいぶった言い回しで、核心部は有料メルマガへ誘導する手口も自分は気に入らないです。
具体的に批判していくと佐藤栄作の非核三原則でノーベル賞受賞と言う図式は成立しなかったことを持ち出して
いますが、今までがそうだったから、未来永劫そういう類の受賞は無い、
とは言い切れないでしょう、と言いたいです。

今まで苦心して改憲派が積み上げてきたどうすれば改憲、もしくは今の憲法を廃止なり無効化できるか
と言う言論をしてきた者をおちょくり、ちゃぶ台返しをして唾を吐きかける行為でしかない。
絶対ノーベル平和賞を取るという事は無いとは一概には言えませんし、これはただのきっかけで
これをテコに、憲法九条を世界遺産にしようという
動きを大々的にやる事だってある訳です(実際世界遺産しようという動きもあります)

ノーベル賞以上に厄介なのが世界遺産。
世界遺産になった場合、勝手に憲法を弄くる事は出来なくなります。
ユネスコに対して憲法を保存維持しなければならない義務が生じますからね。

戦後日本は何でもありだと自身の著書「僕たちは戦後史を知らない――日本の「敗戦」は4回繰り返された」
でも本人が言っているんですけどね。まさかが起こるのが戦後日本でしょうに。
しかもこの荒唐無稽、トンデモサヨク理論、実際問題として結構成果を挙げています。

最初に述べた朝日新聞の記事ねつ造問題が典型です。
吉田調書問題はウソがばれて下手を打ちましたが、朝日自身、そんなのお構いなし、反省なんかしね~よ
バ~カ、と言わんばかりの誤魔化しを繰り返しています。
(朝日が立ち上げた第三者委員会の委員は朝日擁護の身内ばかりで
 固められており、どう誤魔化すかを話し合うのではw)

それはさて置き、従軍慰安婦問題にしても南京大虐殺のねつ造にしても、朝日の偏向捏造反国家報道は
実を結んでいますけど。
慰安婦問題はもう独り歩きを始めて、収拾がつかない状態。
一記者の書いた記事が日本に多大な影響を及ぼしています。

佐藤氏の理屈で当てはめて言えば、国家が関与した従軍慰安婦はあった、
日本人はアジア、とりわけ中国南北朝鮮に謝罪し
政府主導で行われたこの従軍慰安婦と言う問題をもっと世界的に広め土下座して回ることが日本にとって
賢な行動である、という事でいいんですよね?

そうなれば昭和天皇にも責任があるという話にもなっていくのは自明の理で日本のサヨクがやりそうな展開。
朝日の委員で松井やよりとかいうキチガイがいましたが、女性国際戦犯法廷において先の天皇陛下に
死刑判決を下すとか、やりたい放題やっていたのですが、千里の道も一歩から、
見事に日本貶めに成功しているではありませんか?と言いたい。

国家ぐるみでの強制連行して従軍慰安婦にさせられた事実は無いと言ったところで後の祭りです。
もうそんな真意はどうでもよい状態にまで事態は悪化しているのですから。

なるほど、これを上記に挙げた事を認める事は戦後日本の肯定であり、
著書「僕たちは戦後史を知らない――日本の「敗戦」は4回繰り返された」で
言っている戦後を乗り越える為には戦後の日本を肯定しなければ自身の立脚点を失い
戦後によって潰されるわけですから、このトンデモ左翼思想や
今現在のトンデモ憲法は堅持しなければならない。

改憲なぞもってのほか、それは保守の心構えだと言いたいのでしょう。
日本国憲法は戦後を体現する精神的なシンボルでもあり象徴ですからね。

いくら佐藤氏がノーベル賞は個人に与えられるもので受賞する事は無いと言ったところで
今までの慰安婦問題や南京虐殺の問題などサヨクのプロパガンダが成功してきているわけで
実際問題として大江健三郎という戦後お花畑サヨクと称される
反日知識人が実際ノーベル賞を獲っていますからね。

九条がノーベル賞を獲る為の条件、個人でなければならない
と言う点もそういう運動をした代表者が獲ればよいという事で無事解決。可能性はゼロではない訳です。

私は佐藤氏のこの理屈には、はっきり反対です。
そもそも、戦前を否定する形で戦後が形成されているわけでその上で
戦後社会がもう70年にわたり形成されてしまっている
異常性を考えればもうすでにこれは異常事態であり、非常事態が常態化しているという事。

るろうに剣心に出てくる人気キャラ、瀬田宗次郎が言った名言

「間違って組み上げた積木を正しく組むには一度、
                全部壊さないと出来ないんですよ」


と言う言葉が今の日本にはピッタリ当てはまる気がします。
エドマンド・バークの言葉を借りて

かかる政治手法は、

きわめて好ましくない副作用をもたらす。

非常事態においては、

ときに非情な振る舞いも必要となるが、

世の中をつねに非常事態と見なしたがる革命派は、

人間を冷酷なものにしてしまうのだ。


と言う言説をとり出してきて、朝日を擁護したり改憲論や戦後からの脱却に対して革新的行為であり
そんな事を言うやつは保守ではないと言わんばかりにレッテル張りをしていますが、
それはずれた解釈であり今は普通に日本は非常事態だと言うべきでしょう。
もしも今が非常事態でなければ、慰安婦問題一つとっても、朝日の言う事など与太話なのですから
やりたいようにやればよいし、放っておけばよいのでは。

異常な状態が常態化した状態、つまり、
るろ剣の瀬田宗次郎が言ったように間違って道を外れてしまった状態を
正しい状態に直すには荒療治が必要になる訳でこれは仕方ないと言うほかないでしょう。

ここ最近の佐藤氏の言論を見ていると、なんかカリスマによく似てるな~とw
日本は負けたふりをしているだけと負け惜しみを言って現実逃避をしているカリスマの言論の
逆張りにしか見えませんなw
私から言わせれば、妄想崛起のチャンネルYAKUZAは論外として、右のカリスマ、左のダンスと言う感じで
似たり寄ったりの斜め上のトンデモ言論なんだな~とw

真面目腐ってトンデモ日本近現代史論を語るより、サブカルやアニメやテレビなどの評論を
討論番組なんかでしている方が佐藤氏は面白いと思いますね。
馬鹿踊りもとい、ゴジラダンスをしている方がよっぽどいいと思いますね。芸人として。
ここ最近の佐藤氏の言論を読んでいて今まで興味がありましたが一気にシラケました。
まだまだ自分は人を見る目が足りない、修行が足りないと反省した次第です。

まあ、この論争、施先生と佐藤氏が示し合わせたプロレスなら私もまんまと一杯ひっかけられたという話なので
やはり、人間って怖いな~と思ってしまう次第です(笑)
私のような馬鹿がとやかく言うことではないでしょうけど。

さて今日の記事のタイトルのネタは↓のボカロ曲です。
久々に退廃的なこの曲聴くか~。








【関連記事】

佐藤氏の著書についての考察書評もしていますのであわせてどうぞ↓

・僕たちは戦後史を知らない――日本の「敗戦」は4回繰り返された  書評

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Comment

yasuさん、こんにちは! お久しぶりです。
佐藤氏の今回のの件、流石にちょっとアクロバティックに過ぎますよね(^^;;。
私はしばらく前に、留保付きではありますが、「八紘一宇」を巡る佐藤氏の言説を評価したばっかりなので、ちょっと困惑というか、決まりが悪いというか(苦笑)。
まあ、いまだに『震災ゴジラ』も読んでいないし、有料メルマガも読んでいない自分が言うのもなんですが、私は、佐藤氏も西部さんと同じく言葉遣いにこだわる人かなって思っていたのですが、今回のを見ると、言葉や理屈をこねくりまわしているという印象を受けちゃいました、正直。逆張りっていうか。
それと水島社長批判(や安倍批判)をされていたので、「大学に職を持っているわけでもないのに、ポジショントークに陥らない立派な態度だ」的に感じる部分もちょっとあったのに、今回の有料メルマガへの誘導……うーんって感じです。施さんに失礼という感もありますし。まあ、中野さんをはさんでお友達同士ということなのかもしれませんけども。うーん……。
  • 2014/10/24 16:22
  • 万次
  • URL
  • Edit
Re: タイトルなし
>万次さん

こんばんは。お久しぶりです

何というか水島憎しで逆説に走りすぎましたかね・・・。

流石に憲法九条にノーベル賞を獲らせるのは賢い行為で
それに反対する者や改憲を言うものは愚か者という考え方はいくらなんでも酷すぎます。
はっきり言えば、そんなノーベル賞を与えることが賢だとか言う前に
そんな事はやらない事に越した事は無いだろうにと言いたい

朝日新聞擁護も私は気に食わないですし、そもそも新聞やマスメディアなどの
情報に踊らされることこそ大衆そのもの。

新聞の情報を鵜呑みにするような人間には朝日新聞なんて毒でしかないでしょう。
まあどっちにしても、ここ最近の佐藤氏の言論はついていけません。
著書も読みましたがやっぱり穴が多い理論です。

憲法を何とかして変えなければいけないと言うのは西部先生も言ってますし
西部先生も賢でありながら愚者と言うのでしょうか?
兎に角有料メルマガにもっていくあのもったいぶった文章も気に食わないし、醜文と感じましたね、私は。
施先生にもあまりにも失礼。

なかばおちょくってるような感じがしましたし。
一番の原因は戦後と戦前の日本人の思想や歴史観が断絶してないとする佐藤氏のスタンスが自分とは正反対で
西部先生のやっぱり戦前と敗戦後の日本は断絶しているのだという理屈の方を支持しますね。
この考え方の溝は埋まらないでしょう。妥協できるような問題ではないですから。
今の憲法を維持するか、変えるか0か100の問題ですからね。保守主義のスタンスの問題ではない気がします。

変えなければ滅びるなら一日も早く変える事こそ道理というもの。
保守は漸進的、憲法改正は革新的行為と言うのなら、じゃあ滅びるんですか?と。
改善するという事も保守の考えの一つですし、守り保つことだけが能ではないはずなのですが。

中野氏も佐藤氏の論には同調気味の様なスタンスに個人的には見受けられますが如何なんでしょうね。
やっぱり西部先生が学問のすゝめで言っていたけど、弟子には期待してないという言葉が重く響きますね・・・。

あまりにも酷すぎて、ため息しか出ませんわ・・・。
  • 2014/10/24 23:06
  • 自称保守派の 毒舌アジテーターyasu
  • URL
同意です
全面的に同意せざるを得ません。
西部さんも「菅一匹っていいっていうんだったら俺、殺しに行きますよ。でもスモール菅さんが一億人くらいいるんだから」って冗談交じりに語っていた動画がありましたけど、あれは「菅はそのままでいい」っていう話じゃ全然ありませんでしたからね。佐藤氏のは「もっと大所高所から」っていう話でもありませんでしたから。
施さんがどう対応されるのか、まあ喧嘩ふっかけるとは思えないので、よろしくやるのでしょうけど、やっぱりあれは程度はわかりませんが、ちょっくら頭に来たんじゃないかと思いますよね。なんか佐藤氏の著作を読む気が失せちゃいました、ははは。
  • 2014/10/25 15:49
  • 万次
  • URL
  • Edit
Re: 同意です
>万次さん

コメントどうもです

どっちにしても、こんな事じゃ保守言論界は先が思いやられますね。

今後施先生が再反論するか否か、来週以降の三橋メルマガに注目です。
やっぱり、あんな事書かれたら反論したくはなりますね、普通は(^^;
中野氏曰く、施氏は三橋、柴山、中野と4人の中で一番過激な言論をすると評していますからね(笑)

自分は佐藤氏の著書「僕たちは戦後史を知らない――日本の「敗戦」は4回繰り返された」を読んでいるのですが
到底納得できませんでした。

はっきり言うと、決定的に結論が首をかしげるようなものが多いです。
あの本を読んで、手拍子で、無批判に受け入れている読者の気がしれません。
あれ、なんかおかしくね?と思うのですけどね、普通は。

興味があるのなら、「僕たちは戦後史を知らない――日本の「敗戦」は4回繰り返された」を
読んでおけば佐藤氏自身の思想研究にはなりますので読む価値はそれなりにあります。
読んでから自分とは合わないと思えば、佐藤氏関連の本は読まなくてもいいと思いますし。

自分は図書館で借りて読んだので買いませんでしたけど(^^;
佐藤氏の思想や考え方が合うかどうか、いい試金石になる本だと自分は感じます
  • 2014/10/25 20:12
  • 自称保守派の 毒舌アジテーターyasu
  • URL
ありがとうございます
ありがとうございます!
ま、朝日も『学問のすすめ』とかこの間の『保守論客に聞く#1』とかいいこともやるんですけどね、テレビでしかもCSですけど(笑)。アリバイ作りな気がしなくもありませんが……。
「戦後史……」ですかあ。
なんかお金払ってまで読む気持ちが失せちゃったので、ちょっと足のばして図書館行きましょうかね(笑)。
  • 2014/10/25 22:03
  • 万次
  • URL
  • Edit
Re: ありがとうございます
>万次さん

朝日ニュースター時代は一応、スカパーで見ていたんですが
ニュースターが解散してしまって朝日に統合されてからはチャンネルとるの止めたんですよ。

余りにも内容の薄い、ペラペラな言論人や知識人が司会の番組が増えたので・・・。
東浩紀とか津田大介とか大嫌いなので(笑)

津田大介の司会の番組によく出ましたよね、西部先生。
自分は見ていないので動画がネットに上がっていれば見てみたいものですけど。

たぶんアリバイ作りだと思いますよ。本気で保守論を語らせる気なら表現者系の知識人が
司会をやってみ良さそうなところですが、絶対させませんからね(笑)
朝日お得意の思想的バランスと言うやつです。
  • 2014/10/25 23:19
  • 自称保守派の 毒舌アジテーターyasu
  • URL
とりあえずまともな日本語書けるようになってから保守を語られては如何か?
  • 2015/04/01 06:50
  • 名無し
  • URL
ゴミへ
> とりあえずまともな日本語書けるようになってから保守を語られては如何か?

とりあえずコテハンくらい付けれるようになってからものを言いましょうね。
何言ってるの?保守論語るのに資格や日本語を書けないと保守は語れないのですか。
ふ~ん、じゃ、外国人は保守を語る資格ないね。
保守を語るのは日本人の特権ですか。アタマ大丈夫?
春だからしょうがないかw

名無しこと、ホスト名 s2606165.xgsspn.imtp.tachikawa.spmode.ne.jp さんアク禁ご苦労さん
  • 2015/04/01 21:59
  • 自称保守派の 毒舌アジテーターyasu
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