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反原発脱原発とほざく似非保守を反駁する~緑の保守主義は保守たりえるのか?~

一応(笑)保守思想を探求する社会科学のブログでもあるのでたまにはまじめな記事も書いておきます(笑)

ここ最近、まあ野田政権を見れば判るとおり自称保守という輩がい様に多い。
チャンネル桜で水島社長も言っておられたが、今保守がブームなのだとおっしゃっていた。
まあ、所詮はブーム(流行)であるのだから大衆のきまぐれに過ぎないという感はある。

野田政権は単なる似非保守だからどうでもよいとして、反脱原発を叫ぶ保守と言われる連中やみどりの保守主義を標榜する輩は
一体どうなのだろう、自分も考えている。
自分の結論としては反脱原発を唱える自称保守や緑の保守主義は実際の所は保守ではない。
大体反脱原発を唱える保守と呼ばれる連中は以下の三つに分類される↓

1、反脱原発を唱えている保守と呼ばれる連中は単なる右翼もしくは利権がからんでいる守旧派であると言える。
2、リバタリアン右派系と呼ばれる新自由主義者やネオコンと呼ばれる新保守主義者で利権が絡んでいる連中と言える。
3、緑の保守主義の集団や緑の党の様なリバタリアン左派

大きくこの3つにわかれる。
1の場合は単純で右翼は左翼の反動勢力なのだから日本国の為!と称しリスクの高い原発に反対するのは判っている。
大体国家が存続できなくなるとか国体維持のためにも危険な原発は反対とか天皇陛下が如何のこうのと引き合いを出す連中である。

2の場合はアメリカの意向やアメリカの思想に毒された連中で、自分中心で物事を考える連中。つまりは個人主義的な考えで経済利権や個人の利益やエゴを反映させる為に反脱原発を唱えている。

3、の場合は近代主義を懐疑するという保守思想に基づいた自然保護の観点からの反脱原発を掲げる緑の保守主義やアナーキーでポストモダン的な思考、ネオリベの分派からなる緑の党の様な左翼思考の強い勢力。緑の保守同様、自然保護主義は共通であるから反核、反原発、反近代も共通している


つまるところ、緑の保守というのも保守と言いながら、自然保護主義にこだわるあまりバランスの欠いた
単なる教条的なイデオロギーでしかないと言える。
保守思想は多次元的な対立事軸を把握し、思想に対しての平衝をとる事が保守の大前提である。
この緑の保守主義は、環境保護、環境を保守するという点にだけ特化した偏狭で狭義なイデオロギーに過ぎない。

では以前だがインターネット上で見つけた自称保守と称する輩のコメントがあったので引用したツッコミを入れてみたい(笑)
では引用記事↓

●保守として

保守の身として、原発に反対すべき幾つかの理由があります。もしかしたら他の方が既に述べているかもしれませんが。
1、保守は母国の文化・伝統、その基である自然環境及びそこに立脚する一次産業を大事にするべきです。原発はそれに対する害が大きすぎます。
2、理性や近代化への過信を保守は警戒し懐疑すべきであり、まさに原発こそは懐疑と警戒の対象です。技術大国と自惚れ過ぎなのです。少女漫画家・山岸涼子の作品からの引用ですが「手に水の入ったコップを持って一生こぼさずにいる自信があるのか?」と我々は自問し直すべきです。
3、近代化は試行錯誤の手法を過信して「思い切って冒険・改革をして、駄目ならば別の方法をとれば良い」と考え勝ちで、錯誤による損害を軽視し勝ちです。原発による錯誤の損害は容易に取り返せる類のものではありません。
4、燃料入手法にしろ廃棄物処理法にしろ、基となるのはアウトソーシングの思考です。保守ならば一国の独立独歩を模索推進すべきです。
5、また、アウトソーシングの思考は後始末を子孫に押し付ける側面もあり、歴史の継承を重んじる保守としてはそれに反対するのが当然です。
6、私は天皇陛下及び皇室を尊崇しますから、福島の地への御幸を不可能にし、そして他の国土も同様の状態にしてしまいかねない原発に強く反対します。
サヨクがどうとかツマらない事に拘泥して本質を考えずに原発推進派を擁護するなんて、その方がよほどサヨク的ですよね。



1、の文章は読む限り、環境保守的な考えに立った論調だ。経済や安全保障、国家観という国家主義的な視点が抜けている。

2、の論点は明らかにおかしい。理性と感性とのバランスをとるのが保守思想の基本のきの字だ。
理性を懐疑という事は感性に頼るのだろうか?感情論に陥り易い見本的な日本人的思考だ。
これは単なる右翼思想である。技術主義を懐疑するのではなく批判する事に保守思想の肝である。
ただ懐疑しているだけなら感情論に過ぎない。
その後の屁理屈はアホ過ぎるので解説は省く。

3の論点、保守思想は漸進主義的な改革、や改善は肯定する。このコメントを書いた人物は保守思想が何かを解かっていない。
保守が反対するのは漸進的ではなく急進的な改革や改悪である。そして何より革命という文化と社会を破壊する行為は保守思想とは対極に位置する。

4、の論点もおかしい。一国独立独歩などという事は近代化した現代の生活からすると不可能であり、前近代に戻れと言わんばかりの事を言っているが過去に回帰するという考えは単なる懐古主義であり保守思想からは逸脱する。

5、歴史がどうのと言いながら子孫に後始末を押し付けるなとか左翼的な事を言っているのだが、
保守は歴史は連続性に基づいたものと考えるので、それは押し付けにはならない。各世代ごとで連続性の無い歴史は歴史ではない。正の遺産と負の遺産(つまり正の遺産が権利であると考えるなら、負の遺産はその恩恵にあずかるのだから義務であり責任という事になる)が必ず連続性のある歴史ならば引き継がれるので、引き継がずにそこで断絶させ完結させるべきだと言っているこのコメント主は言っていることが明らかに左翼的だ。

6、結論になるが、天皇陛下を引き合いに出してこういう事を言う時点で単なる右翼、もっと言えばウヨクに過ぎない。天皇陛下を崇拝する事が保守思想の要諦ではない。日本の保守思想を考えた場合、天皇陛下は日本人の精神性や文化、政治的な権威といったモノの触媒、仲介者であり、日本人の精神性や文化の骨格であり背骨であると考えるのが普通だ。ただ尊崇する、崇め奉る事は単なる右翼思想に過ぎない。



という事でこのコメントを反駁してみたが、脱原発や反原発をのたまう自称保守派というのは保守のなんたるかをわかっていない連中か単なる右翼かもしくはウヨクだ。
確信犯的な偽装保守はこんな事を言わないので、すぐにわかる。
もう少しお勉強して保守を語って頂きたいものだ。

保守思想は左翼や右翼の様にバランスの欠いた考えや急進的なものの考え方とは相いれないのです

反脱原発派はやっぱり右翼と左翼なんだな~と、この記事を読んで賛同してくださる方は
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